”イタリアの下院で、ベルルスコーニ内閣に対する不信任案が否決されました。しかし、その差はわずか3票。ローマでは怒った学生らが暴徒化し、警官隊と衝突しました”(テレ朝NEWS・サイトより引用)
桝山(マスヤマ)です。日本では、イタリア料理やルネサンス美術について話題になることは多いですが、現在の政治状況について、一般的なマスメディアで取り上げられることは、あまりありません。
今回のニュースは、滅多に無い良い機会だと思ったので、ローマ在住、イタリア人ジャーナリストのディエゴ・マラーラ(Diego Malara)さん(32才)に、メールでインタビューしてみました。
ただ、文中にもあるように、彼は”ウルトラ・アンチ・ベルルスコーニ”ですから、イタリア人の一般的な意見を代表しているわけではありません。ご承知おきください。それはともかく、急な依頼に(しかもプロなのにノーギャラで)答えてくれて、本当にありがとう!!>Diego 東京に来たらラーメンおごるよ!
”ベルルスコーニは、この15年間でイタリア人の価値観を完全に作り直してしまった”
マスヤマ:日本から見ると、ベルルスコーニはスキャンダルまみれで、悪い評判はよく聞くのに、長年支持を得ていて、今回もギリギリの支持を得たことが、不思議に感じます。
日本の首相(や首相候補)にも、似たような悪評が多いですが、実際は4年で5人も首相が変わるという結果になっています。ベルルスコーニは、どういう人達に、どんな理由で支持されているんですか?
ディエゴ:この質問にありきたりでなく、しかもウルトラ・アンチ・ベルルスコーニに見えないよう(実際はわたしはそうなのですが)正確に答えるためには、何ページも必要でしょう。できるだけ簡潔に説明してみます。中立な立場からの「イタリアの政治システム」の外部の観察者であるマスヤマさんの質問を、わたしの意見を説明するのに、そのまま使ってみます。
ベルルスコーニ氏は1994年以前(1994年は彼が政界に入った年)、既に彼の財政帝国を築きあげていました。不動産・銀行・出版社・メディアなどです。’94年以前は、ベッティーノ・クラクシ率いるPSI(Partito Socialista Italiano=イタリア社会党)との絆を利用して、間接的に政治に影響を及ぼすに「とどまって」いました。
その後ベッティーノ・クラクシは「マーニ・プリーテ」と呼ばれる構造汚職スキャンダルにおいて、有罪判決を受けました。「マーニ・プリーテ」は政治階層に決定的な打撃を与え、「セコンダ・レプブリカ」(第二の共和国)と呼ばれる時代を誕生させることとなりました。同時に、多くの逃亡犯も生み出しました。
ベルルスコーニ氏は、 政界への参入と同時に、極めて洗練された手管による「現実の構築」を始めました。ここでいう「現実」とは、社会的や政治的なものだけでなく、ポップカルチャーにまで及びます。この15年間の間に、彼はイタリア人の世界に対する価値観とビジョンを、完全に作り直してしまったのです。
ベルルスコーニ氏はイタリア最大のテレビネットワーク「Mediaset メディアセット」のオーナーであり、大手出版社「Mondadori モンダドーリ」や「Einaudi エイナウディ」、新聞「Il Giornale イル・ジョルナーレ」をコントロールし、政府のトップである首相として、国営放送RAIもダイレクトにコントロールしています。そして、これは15年続いているのです。
15年という長い間に、流すニュースを選び、情報をコントロールし、一貫して自分の政治的プロフィールとマッチする自らのイメージを流布させることで、彼は低いところから出発して徐々に支持者層を構築することに成功しました。要するに、自らの支持層を叩きあげて、強固なものにしていったのです。
それだけではありません。政策面では、彼とその取り巻き連中を司法府の介入から保護し(ベルルスコーニ氏については数々の裁判が係争中ですが、首相在任中は「守られて」います)、彼と彼周辺の非常に限られた人間たちの経済的恩恵を守り、批判する手段を持たない有権者の構築に役立つ(例えば学校や大学のカリキュラムの段階的な貧困化や、一般的に文化事業への支援がどんどん減っていることなど)法律や法案を施行してきました。
質問に答えましょう。ベルルスコーニ氏を支持しているのは、イタリア人たちです。ベルルスコーニ氏が彼らのために構築した現実でない別の現実を、長い間知らないイタリア人たちです。
マスヤマ:ディエゴさんは、今年夏に、私が”イタリアの文化政策”について取材させてもらったとき、イタリアの政治には希望が無く、海外に移住したいと臨む若者は多いと言っていたのが印象に残っています。”希望が無い”というのは、”民主主義が機能していない”ということですか?それとも、具体的に、経済、外交、財務などの政策に問題がある、ということですか?
若者と優秀な頭脳の国外流出は、事実です。イタリアでは30代の人間がキャリアを積む機会、あるいは単に自分の事業企画を最後まで遂行できるチャンスはとても低いのです。わたしは依然として、現在の状況が続く限り、イタリアには何の希望もないという意見のままです。デモクラツィア(民主主義)はデモス(民衆)が意識的にクラテイン(政府)を行使できなければ、機能できないのです。
現在はただ単に、市民おのおのに首尾一貫した自らの政治的(かつ倫理的)意見を形成できる可能性を保証できるような情報ツールと方法が、ないのです。
しかし、もしイタリアの大衆の大部分が目隠しをされ畜殺場へ向かう牛の巨大な群れに似ているなら、わたしが思うに、経済的・財務的問題や国の構造上の問題は、イタリア人の意識を覚醒させる最大のチャンスを表しています。政府が「危機は存在しない」と言う一方で、しかし自分の家庭では以前は請求書を払えたのに今は払えなくなっているなら、政府の言うことを疑い始めるでしょう。
”ベルルスコニズムとは、政治・闇稼業・詐欺の組み合わせ”
マスヤマ:今回の不信任案・否決に対する、ローマ市民の怒りを、ディエゴさんは共有しますか?ベルルスコーニの、どこが、不信任に値するほど問題なのですか?
先程の比喩に戻ります。あなた(畜殺者)が彼らをだまそうとしていると他の牛たちが気づく前に、どれだけの牛たちが殺されなければならないでしょう?もちろん、抗議行動の根底にある怒りの理由には共感します。しかし暴力を使うのは、絶望して必死な、やけくそな人達の戦略です。
強調すべきは、昨日のローマでの抗議行動の99%は非暴力なものだったということです。やはり十数人の乱暴な人間たちのやることが、何千人もの非暴力な人たちの行動よりクローズアップされるのです。抗議行動がけしかけた価値観に惑わされるべきではありません。
昨日起こったことについては、この件は外部からの見かけより、はるかに複雑です。例えば、「agent provocateurs」(挑発専門のエージェント)が彼らの中に潜り込み、暴力行為や被害を誘発したことが報道されています。
ベテランジャーナリスト・Curzio Maltese クルツィオ・マルテーゼ氏の証言「事故(暴力的被害)は「挑発者たち」によって誘発され、「挑発者たち」のことは警察も見て見ぬフリをしていた。警察は武器を持っていない学生たちのみをこん棒で叩きのめし、武装している学生は無視していた。「挑発者たち」は学生ではなく、この種のことに慣れているように見えるグループだった」
出典映像(イタリア語)
ベルルスコーニ政権の政治的決断や戦略の肝要部分にはいまここでは言及しませんが、不信任が値するのはベルルスコニズムの方だと思います。政治・闇稼業・詐欺を組み合わせた、民主主義とはほど遠いそのおぞましい「modus operandi」(やり方)。
信任投票において議員たちの票を買収することは、民主主義的ですか?潔白でないように見える行為について説明を求める人に、あるいは違う意見の人に、無作法に野次るのは民主主義的ですか?
法の裁きに服従することを拒むのは、民主主義的ですか?
今日のイタリアに民主主義があるなどともし耳にしたら、信じないでください。むしろ、笑ってください。
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桝山コメント:どの国の人でも、特にインテリであれば、自国の政治状況を手放しでほめる人など、ほとんど居ないだろう(自分が政治家の場合は別)。それにしても、たった3票差で、首相の不信任案がギリギリ否決される、というのは異常事態だ。しかも、その首相はディエゴが書いているように、15年間もイタリアのメディアと政治を牛耳ってきた人である。
一方、4年で5人も首相が変わる国は、一見、イタリアと正反対のようだが、新聞・TVが同じ資本系列下にあり、そのトップが”自民・民主・大連立”の仕掛け人であるという状況(20年くらい続いている…)は、他のOECD諸国よりもイタリアに近いのかもしれない。
*急ぎの取材&翻訳ありがとうございます。>直子さん
とても参考になりました。99%は非暴力だったんですね。
投稿情報: stone | 2010/12/15 23:21
コメントありがとうございます。っていうかオープンしてから、初コメ、おめでとうございますw。
>99%は非暴力
そうなんですよ。
報道はセンセーショナルな部分だけを映像化しがちですから、そっちに引っ張られますが…。たとえば、海外の”日本紹介”では、日本中が秋葉原と新宿と京都、みたいな感じですが、そっちの方が特殊なわけでw。
投稿情報: マスヤマ | 2010/12/15 23:27
>報道はセンセーショナルな部分だけを映像化しがち
暴動が誘発・お膳立てされたものだったとしたら。(「ら」ではなく、どうもそのようですね)
意図的にセンセーショナルな部分を誇張したその映像を流しているのは、メディア。
メディアはTV新聞雑誌全てベルルスコーニのコントロール下にある。
この「意図」を読み取り、ベルルが何を目指そうとしているのか(民衆をどの方向に誘導しようとしているのか)考えてみる必要がありますね。
ベルルは、記事中に挙がったほかにも、映画制作・配給会社大手MEDUSAやサッカーチームACミラン、現在は譲渡しましたが以前は大手スーパーマーケットチェーンSTANDAなど、もっといっぱいいっぱい所有していて、普通のイタリア人が1日のなかでべるるの所有するものに触れずに生活するのは不可能。
こんな「イタリアいち」の実業家が、利権が思いっきり衝突する「首相」という職についていること自体がそもそも「異常事態」だと思います。
投稿情報: naokina | 2010/12/16 02:38